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2025/02/02 13:47 |
小話
次の小話。

サンゾロ「流動食」
フク作
流動食(サンゾロ)/フク
海原はどこまでも穏やかで、サウザンドサニー号をゆりかごのように揺らしていた。朝日は既に水平線から離れ、気持ち傾いた日射を甲板に注いでいた。船内で動く気配はひとつ。細作りの腰に白い綿サテンのドレスエプロンを締め、キッチンで踊るように働く。美しく下ごしらえされた食材たちを背に、サンジは小鍋を火にかけていた。ほうれん草と人参を裏漉し、とろりとなめらかに仕上げたかつおだしの三分粥に加えた。キッチンに満ちる香りの深さで、サンジは食材の上質さを確認した。
「っし」
さも絶妙の時機を捕らえたという趣ですばやく火をとめたサンジは、湯に浸けて暖めておいた信楽風の黒い器に粥を盛り、こんもりとしたその頂に柚子の皮を飾りつけた。小さめのさじを探して不満顔で竹製のものを選び、粥と並べて盆に載せた。
船内は、普段の賑やかさが夢や幻であったかと驚かされるほどに静かで、粥を運ぶサンジの足音だけがコツコツと廊下の厚板に反響した。
空いた右手でタバコを用意し、深く味わった。煙は真っ直ぐに立ち上ぼり、天井に当たって散らされた。
すでに押し開いてあった扉に右の拳骨を一度ぶつけ形ばかりのノックを済ませて、サンジは中の様子を窺った。部屋の左壁には丸窓があったが中は薄暗く、漂う消毒液の匂いもあいまって一層陰気な雰囲気を演出していた。ベッドは左に寄せて作り付けられてあり、その脇に同じ材質のナイトテーブルがあった。古い木製の肘掛け椅子が一つ部屋の中心に置いてあり、サンジは無言のままそこに腰掛けた。ナイトテーブルに盆を置き、タバコを一息味わい、煙を細く吐きながら寝台の男を眺めた。
「御機嫌よう。」
囁くように耳元で言うと、ゾロは跳ねるように目を醒ました。その体のほとんどに脱脂綿が貼られ、あるいは包帯が巻かれていた。当然顔面にも複数の深い傷があったが、どの傷にも脱脂綿はおろか絆創膏すら貼られていなかった。
「お休みのとこ悪ィが、朝メシの時間ですぜ。」
茶化すように言いながら粥の盆を自分の膝に載せ、一さじすくってゾロの口許に寄せた。サンジの予想通り、ゾロは拗ねた年下の恋人のようにプイと顔を背けた。緑がかった濃い色の瞳を丸窓の向こうの海原に釘付け、腹から下を白い綿毛布に隠されたまま、かの恋人は小さな溜め息をついた。
「流動食が気に食わねぇのは分かるが…これは三分粥だぜ。間違いなくうめ…。」
「…病人扱いすんな。」ゾロがサンジのプロパガンダを遮って呟くと、サンジの中で金属同士が触れ合うような擬音語―即ち「カチン」―が鳴り渡った。
「怪我人を怪我人扱いして何が悪い。何でもいいからとにかく喰え。」
やや語気を荒げたものの、ゾロに対しては一切効果が見られなかった。ゾロのこのような頑固さはファミリー全員がよく見知っていたが、その対処法を一番よく把握しているのはサンジに違いない。一呼吸ゾロの横顔に目を注ぎ、トーンを落としてゾロを呼んだ。
「おい、阿寒湖のヌシ。」
「あぁ?」
狙い通りゾロを振り向かせることに成功したサンジのしたり顔は、振り向いたゾロのその顔のすぐ隣りに、まさに触れ合わんばかりの位置にあった。片側の口角を持ち上げ鼻で小さく笑うと、サンジは舌を長く出してゾロの左側の口端を鼻の横まで舐め上げた。
「知ってるか?世の中、喰うか喰われるかだぜ。」
ゾロの脳内を「粥」が主語ではなく「俺」が主語になった衝撃的な一文がよぎった。ゾロは半ば強奪するような勢いでサンジの膝から盆を奪うと、動きのぎこちない右手でさじを握り、一心不乱に粥を掻き込んだ。体中の傷が痛むのだろう、涙目で粥を頬張るその様子に、サンジの支配欲は満足するわけもなく、なおムクムクと膨れ上がる煩悩を抑え込むのに一苦労といった具合だ。

船員が目覚めるまで、恐らくまだ数時間の余裕がある。
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2008/12/25 04:17 | Comments(0) | TrackBack() | 小話

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