小話
メフィ悪「空位」
メフィ悪「空位」
空位【くうい】
定められた地位に誰も就いていないこと
その位に就く人物は、これより先決して現れはしない。
彼の人は私の終わる事の無い生涯において、これ以上無い程強烈で鮮明なイメージをワインの染みの様に残した。
そして儚くも一瞬で消え失せた。
私の前に現れる事は無い。
彼は居ない。
彼の傍らでこの瞬間が決して失せる事は無いと阿呆の様に信じきって笑っていた幼い私の姿も疾うに無くなり、生前の彼の身長も超えてしまった。
私の鼓膜に響いていた声も掻き消された。
私の腕に残っていた彼の温度は失せた。
私の鼻腔にあった彼の匂いは消えた。
私の瞼の裏に居た彼は去った。
私のポケットにあった彼の骨は水になり渇いた地面へ染み込み、私の掌に残っていた彼の手触りは何時の間にか私の手袋の触感に摩り替っていた。
彼は居ない。
最早彼自身を思い起こせるものは何も無く、只遥か過去の事実を振り返るばかりの日々だ。
記憶に苛まれる。
思い屈し、思い焦がれて、思い知らされる。
彼は居ない。
私の鼓膜にすら。
私の腕にすら。
私の鼻腔にすら。
私の瞼にすら。
ポケットになど居るはずも無く、掌など論外であった。
彼は居ない。
瞼を下ろし、両手で耳を押さえ、蹲る。
ちっぽけな私の脳の中へ意識をダイヴさせ、彼のイメージをサルベージする。
私の元から去ってしまった彼が僅かばかりでも戻って来る様に。
そして一頻り記憶のページを捲り、瞼を上げる。
体の隅々にまで神経を巡らすが、彼は塵一つ分すら戻って来てはいなかった。
彼は居ない。
そう思い知らされる日々。
そう思い知らされる為の習慣。
彼
は
居
な
い
記憶に意識を巡らせるのみでも幸福感を味わえる者であれば良かった。
潰える事の無い生涯は最早苦しみでしか無い。
思い死にする事への憧れは日々膨らむばかりであるのに、自身の残り時間は僅かも減る事はない。
何と愚かな。
彼は居ない。
消えてしまいたい
定められた地位に誰も就いていないこと
その位に就く人物は、これより先決して現れはしない。
彼の人は私の終わる事の無い生涯において、これ以上無い程強烈で鮮明なイメージをワインの染みの様に残した。
そして儚くも一瞬で消え失せた。
私の前に現れる事は無い。
彼は居ない。
彼の傍らでこの瞬間が決して失せる事は無いと阿呆の様に信じきって笑っていた幼い私の姿も疾うに無くなり、生前の彼の身長も超えてしまった。
私の鼓膜に響いていた声も掻き消された。
私の腕に残っていた彼の温度は失せた。
私の鼻腔にあった彼の匂いは消えた。
私の瞼の裏に居た彼は去った。
私のポケットにあった彼の骨は水になり渇いた地面へ染み込み、私の掌に残っていた彼の手触りは何時の間にか私の手袋の触感に摩り替っていた。
彼は居ない。
最早彼自身を思い起こせるものは何も無く、只遥か過去の事実を振り返るばかりの日々だ。
記憶に苛まれる。
思い屈し、思い焦がれて、思い知らされる。
彼は居ない。
私の鼓膜にすら。
私の腕にすら。
私の鼻腔にすら。
私の瞼にすら。
ポケットになど居るはずも無く、掌など論外であった。
彼は居ない。
瞼を下ろし、両手で耳を押さえ、蹲る。
ちっぽけな私の脳の中へ意識をダイヴさせ、彼のイメージをサルベージする。
私の元から去ってしまった彼が僅かばかりでも戻って来る様に。
そして一頻り記憶のページを捲り、瞼を上げる。
体の隅々にまで神経を巡らすが、彼は塵一つ分すら戻って来てはいなかった。
彼は居ない。
そう思い知らされる日々。
そう思い知らされる為の習慣。
彼
は
居
な
い
記憶に意識を巡らせるのみでも幸福感を味わえる者であれば良かった。
潰える事の無い生涯は最早苦しみでしか無い。
思い死にする事への憧れは日々膨らむばかりであるのに、自身の残り時間は僅かも減る事はない。
何と愚かな。
彼は居ない。
消えてしまいたい
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